東京高等裁判所 昭和39年(ネ)917号 判決 1967年9月18日
控訴人 山下宗太郎
右訴訟代理人弁護士 広瀬功
同 三森淳
被控訴人(亡岩崎浪次訴訟承継人) 岩崎繁夫
右訴訟代理人弁護士 岩田豊
同 安西義明
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお請求の趣旨中収去を求める建物の表示及び明渡を求める土地の範囲を本判決添付目録記載のとおり訂正した。
当事者双方の事実上の主張竝に証拠の提出、授用及び認否は次の点を附加するほか原判決摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(被控訴人の主張)
一、被控訴人が明渡を求める土地を本判決添付物件目録記載及びその図面のとおり訂正する。(以下これを本件土地と称す)
一、被控訴人岩崎浪次は昭和四十年十二月三十一日死亡しその実子岩崎繁夫が被控訴人の相続人として権利義務全部を相続した。よって同人が本件訴訟手続を承継する。なお右相続において相続人は右訴訟承継人以外にも存したが、本件土地については同人が単独相続したものである。
(控訴人の主張)
一、被控訴人主張の相続竝に承継関係の事実は争わない。また本件土地の範囲の訂正については異議はない。
一、本件賃貸借契約に際しその主張の解除権留保は無断増改築禁止の特約が存するとしても、右特約は控訴人の父訴外亡山上覚左衛門が控訴人を代理して締結したものであるが、控訴人は父に対しこのような契約を締結する代理権を付与したことはないから無権代理行為であり控訴人に対し効力を生じる余地はない。
一、のみならず右特約は地主には何等の痛痒を与えるものではないのに反し、借地人の経済的活動を不当に制限し、国家経済上公益的見地からも有害なものであるから、借地法第十一条に違反し無効である。
一、以上の主張が認められないとしても、控訴人には右特約違反の事実はない。即ち、控訴人のした昭和三十八年六月における工事は原審で主張したとおり柱の一部を取払って軽量鉄骨を使用し建物を改造したに過ぎず全面的に改築したものでもなければ、普通の建物を堅固の建物にしたものでもない。従って右増改築工事が土地の使用目的を変更したことになるものでもなく信義則に違反するものでもないから被控訴人のした契約解除の意思表示はこの点からするも無効である。
(証拠関係)≪省略≫
理由
被控訴人先代亡岩崎浪次は昭和三十二年七月五日その所有の本件土地を控訴人に対し賃貸したが右浪次は昭和四十年十二月三十一日死亡し、相続人等のうちその実子岩崎繁夫が本件土地を単独相続し、右賃貸人の地位を承継するに至ったこと、及びこれより先被控訴人先代亡浪次が控訴人において右賃借地上の建物を地主の承諾をうることなく、無断で増改築したこと(契約違反)を理由に同人に対し昭和三十八年七月四日到達の書面で契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がない。
そこで先づ被控訴人主張の増改築禁止の特約の合意の有無について判断するに、≪証拠省略≫を綜合すれば、被控訴人の先代浪次は本件土地を昭和二十六年七月控訴人の先代覚左衛門との間に期間三年と定めて賃貸借契約を締結したが昭和二十九年七月借主名義を覚左衛門の妻みさをに切り替えたこと。そして控訴人は父覚左衛門と共に本件賃借地上で木箱製造業を営んでいたこと、昭和三十二年二月頃被控訴人に無断で事業場の拡張と一部居住に使用する目的で従来の事業場の建物に接続して木造平家建モルタル塗建物一棟を増築したこと、そこで浪次は三年の期間が経過した昭和三十二年七月本件土地を覚左衛門の息子たる控訴人に対し賃貸することとし、覚左衛門は控訴人を代理して本件賃貸借契約を締結したものであってその際浪次の要望により被控訴人主張の特約を附加したことが認められる。右認定に反する原審竝に当審における控訴人本人尋問の結果は採用し難く、甲第一号証記載の控訴人名下の印影が乙第八号証の印鑑証明書の印影と同一でないことは右認定の妨げとなすに足らず、その他右認定を覆えす資料はない。
そこで右特約の効力につき判断するに、控訴人が主張するように増改築禁止の特約をすべて無効であると解すべきではなく、ただ借地人が既存建物を取こわして新たな建物を建築するとか、非堅固の建物に改築するとか、その他これに準ずるような工事を施し、建物に通常予想される程度を越えた不合理な増改築又は大修繕によって建物の朽廃の時期を不当に伸長したり或いは建物の買取価格を不当に増大させるようなことは土地所有者にとって余りにも酷であるから賃借人との特約により有効に禁止できるけれども、これと異なり一般に増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは右特約に基づき解除権を行使することは許されない(昭和四十一年四月二十一日最高裁判所判例)と謂うべきである。
これを本件についてみるに、≪証拠省略≫を綜合すると、本件建物はもと昭和三十二年二月頃増改築した木造トタン葺平家建工場一棟で大部分は木箱の製作のための作業所として一部居宅として使用していたものであるが、昭和三十八年六月頃内部の柱を取除き間仕切をなくし、板張り部分を全部コンクリート塗の土間とし東北側の一部トタン張をこわし出入口を開放しその部分も一部軽量鉄骨の柱及び梁を使用して補強してこれを木造及軽量鉄骨トタン葺平家建車庫に改造し(殆ど屋根の全部、内外壁西北側、西南側、東北側の一部は従来の建物のまま)また西南隅には床下高き中二階造りの木造小屋建坪約一坪を増築したものであることが認められる。右認定に反する証拠はない。
前示認定の事実関係のもとでは、控訴人のした本件建物の増改築は既存の建物を取こわして新たな建物を築造したものと同一視すべきものでないことは明らかであり、また普通建物を堅固なる建物に改築し建物の命数を不当に伸長し、建物の買取価格を不当に増大したものとも認められずその土地の通常の利用上相当であり、賃貸人たる被控訴人の地位に著しい影響を及ぼさないから、賃貸借契約における信頼関係を破壊するおそれがあると認められないものというべきである。
従って前記無断増改築禁止の特約違反を理由とする被控訴人の解除権の行使はその効力がないものというべく、右特約に基づく承継前の被控訴人の解除の意思表示はその効力を生ぜず、右解除を前提とする被控訴人の控訴人に対する本訴請求は失当として棄却すべきものである。これと趣旨を異にし、被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 石田哲一 加藤隆司)